堀尾吉晴

雑賀町

【松江石碑】雑賀町「堀尾吉晴・忠氏公城地選定之地」

<写真> <地図> <碑文>  慶長五(一六〇〇)年関ヶ原の戦いで功績を挙げた戦国武将 堀尾吉晴の子 忠氏は出雲隠岐二十四万石を拝領 月山富田城に入った しかし 富田城は山 城で城下が狭く移城を決意 幕府に願い出た  床几山は東が広瀬往還に...
雑賀町

【松江石碑】雑賀町「床几山碑」

<写真> <地図> <説明> 床几山碑       明治四十四年建立  碑文は「床几山は松江の南に在る」に始まる(以下訳文)慶長五年十二月 堀尾吉晴は出雲隠岐に封じられ富田城に来居巳(春)其の子忠氏は父及び老 臣らと協議して末次極楽寺山に城...
西津田八丁目

【松江石碑】西津田八丁目「松江開府の径之碑」

<写真> <地図> <碑文> 松江開府の径之碑      松江開府四〇〇年祭推進協議会 建立      揮毫 会長 丸磐根 広瀬・熊野に連なる古志原・鍛冶屋坂検山の尾根筋の道は、古くから広瀬・熊野往還と呼ばれていた。 堀尾吉晴・忠氏一行が新...
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